入り口のない場所をそっと裏口から逃げる

 

わたしには、きちんと正統に社会の一員になれた、という自負がない。
物心ついたときから一度もない。
子供なりの社会でうまくやっていけなかったのが別に「途中からやってきたよそ者だから」というわけでなかったのは、小学校に上がってすぐに証明された。
登校に際して、物騒な地域ゆえに近隣のエリアの子供たちは通学ルート別に五人程度の小群に分けられ、そのグループでの集団登校が義務づけられていた。まったく知らない高学年の生徒たちが毎朝家に訪ねてきてわたしをピックアップするこの儀式に、当時のわたしはとにかく死ぬほど苦しんでいた。

 

子供が「死ぬほど」と言えばそれは本当に死ぬほどのこと。死という概念が分かるようになった子供は、たぶん死に付着する濃厚な感情や物語を知らないから、一番素朴に死をとらえている。あの頃のわたしは切実な思いの結末に自ら決定する死があることを意志的に気づきはしなかったけれど、小説「城の崎にて」で描かれるような死への恐怖やプロセスなど知らぬまま、ただ死にたいと思えてしまっていた。
もともと人見知りで幼稚園の先生と親との間の連絡ノートには「○月×日 今日はまりかちゃんが頷くときに、『はい』と声を出してくれたのがうれしかったです」と異例のトピックとして書かれるほどの引っ込み思案だったから、きっとほかの子供たちもずっとうつむいたまま必要最低限の意思表示しかしないわたしに構うのはつまらなかっただろうし、どうしていいか分からなかったことと思う。

 

いま改めて思えばおそらく彼女たちは生まれたときからすでにあの土地に住んでいたり、そうでなくともすでに近所同士の交流がある間柄だったりしていたのだろう。森の麓に一軒だけ、ぽつりと建つ家の子だったわたしには、ほかの子たちが互いに物理的にも心的にも近しく、友情と呼ばれる関係を紡いできたことなど想像もつかなかった。関係が出来上がっている輪に入れてくれるわけでも自己紹介してくれるわけでもない彼女たちの迎えの中、あきらかにウエルカムされていない雰囲気をどう打ち破ってよいのかわからないまま、ただひたすら口を一文字に結んで学校に行った。

 

学校そのものよりも集団登校自体が苦痛で苦痛で仕方なくなると、お腹が痛いから、とトイレにこもって母親に彼女たちを追い払わせるようになった。いつだったか、集団登校を嫌がるわたしに母親が改めて話をした。PTAで何か言われたのか、地域の集まりで何か言われたのか知らないが、たぶん理由があって決められたことなのだから集団登校しなきゃ困るわ、口さがなく意地悪なことをいう人たちに母親であるわたしまで迷惑しているのよ、といった類いのことだったと思う。
座ってそれを聞いていたわたしはすっくと立ち上がって、「わたし、集団登校する!」と決心めいたことを言ったのだけれど、結局翌日それを実行することはできなかった。昨日は確かに自分にはできる、やろう、と決めたのに、できなかった。お母さんを困らせ、義務感から決められた通りに迎えにきてくれるあの子たちを裏切り、嘘をついて、しかも学校には遅刻してしか行けない。自分は悪い人間だという想いは募り、自己否定感は増していった。

 

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あの子たちは、いつの間にかもうわたしを迎えには来なくなっていった。申し訳ないとか自分は見捨てられたんだとか複雑な思いが胸を去来したけど、人の目を気にしたり集団の中体を固くしながら息を潜める必要もなく、ただひとりで学校に行っていいんだ、と思うと安心して家を出られた。けれど、それも長くは続かなかった。ようやく気づいたけれど、自分は集団登校だけでなく学校自体のことも嫌いだったのだ。

 

仮病をつかわなくてもひどい小児ぜんそくや扁桃腺炎を繰り返すようになり、わたしは立派な不登校児になっていった。リアルに死ぬような思いをするぜんそくには本当になりたくなくて、健康なときにも「次はいつ来るのか」と体質的に絶対逃れられない辛苦にビクビクしていたけれど、それ以外の病気ならそこまで嫌じゃなかった。扁桃腺炎も激しくて、時には真っ白に膿んだ喉がぱっくり割れて血がにじむような症状さえ出ていたのに、そんな苦しみに耐えるよりもずっと学校へ行くことの方がつらかった。
小学一年生も終わりに近付いた頃、「このままじゃ二年生になれませんよ」と担任言われた——と母が言った。子供の頃のわたしは、いつもこういう社会からのお知らせを、真っ赤になって眉をしかめた母から聞いた。
ぺたん、と床や畳に座ったまま、ばかみたいな顔で口を開けて聞いていた。

 

 

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