No sounds.

 

なんにもない。
驚くほどこの手になんにもなくて、途方に暮れている。
 

人生の四分の一も生きないうちに
ほんのちょっと「運がなかったね」ってことが続いて
狂った羅針盤のせいで歩く道を間違ったせいで
わたしは未熟で怠惰でなんの力も身につけていなくて、
ほら、子供のころに思っていた
「ふつうにちゃんとした大人」から逸脱してしまっていることに
年齢だけ重ねたところで気づく。
 

とある日。
瞬間的で、だけど強烈な恋に落ちた。
 

way
 

彼はアーティストでディレクターで、
世の中のかっこいいもの全部を
セレクトショップに並ぶこなれた服みたいに
若い身体で着こなしていた。
ミラーボールが音の濁流に光を飛ばす中、
わたしたちは互いの耳元に唇を寄せて大きな声で喋った。
キャラメルがけのポップコーンみたいなマリファナのにおいと
舌に残るような苦い紫煙の中で、
彼の服からかすかに漂うダウニーの香りを見つけるたび胸が高鳴る。
 

「その道その道に、神様っていうか、
目に見えない導き手がいてね、
そういうものに選ばれるひとっているんだよ」
わたしの声に、彼は遠くを見てまんざらでもなさそうに微笑む。
まあそうだろうね、って台詞が似合うような顔で。
 

「ねえ、なんの銘柄吸ってるの?」
去り際の質問に彼は、ブランド名とタールのミリ数だけを答えた。
 

STOP
 

翌日、近づくきっかけがほしくて買ったタバコを
そっと彼の前に差し出す。
「この銘柄でこのミリ数だと二種類あるの。赤と青。
でもね、こっちだって思ったの。合ってた?」
目を丸くした彼は「俺の!」と二度繰り返し、
吸いに行こうと誘ってくれた。
 

静かな住宅街、夜の闇に白い煙がふわりと流れて
取りとめのない話を静かにする。
何気なくなんの温度もないみたいにさらさらと口にされる高級な話に
わたしはいちいち驚いて笑って、
すごいね、かっこいいねって
頭がすっからかんの女の代表みたいに相槌を打って、
なるべく自分のことを聞かれなくて済むようにした。
 

わたしはあなたみたいに生きたかった、なんてことは
たぶん口が裂けても言えないくらい恥ずかしいことで、
だってつまらない人生を歩んでいたって
その中にどんなに少しでもいい、
生きていることへの矜持を持つくらいはしているんだよって
うそぶきたい。
かっこいいひとの前でくらい、ちょっとはかっこつけてたい。
 

手にしようと走ってきたのに
こぼれていくばかりだったわたしの意地の張り方は、
たぶん、何の辛苦も知らずにどこまでも軽い憧れで
スターを褒めそやす棒人間の、それ。
 

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