ダンス・ダンス・ダンス

 

生に執着のないほうだとは思わない。
むしろよりよく生きていたいとずっと願ってきたし、
それが叶うよう努力もしてきた。
命に不敬であるとも思わない。
身近な愛する人を失ってからは暴力的に片腕をもがれたような
痛みを負って、ある日突然降り掛かる死という不幸に呪詛を唱えた。
 

なのにたびたび死を思う。
願うのではない。
ただぼんやりとその可能性について思いを馳せる。
そしてそれは現実的ではない、と答えを出す。
 

毎晩、声のない祈りを捧げる。
「わたしが間違っているのならこの夜の眠りが永遠に続きますように」
神の温情かすでにもう見放されていて祈りが届かないのか、
知る由もないがわたしは普通に朝の光で目覚める。
 

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これまでの人生で二度ほど命を落としかけたことがある。
どちらのときも、連絡した母は東京に来てくれなかった。
病院からひとりでパジャマ姿で帰るとき、
山手線から見た景色には柔らかな光が満ちていて
ああ居場所がない、と思った。
笑いながら、生きながらえた話をすると
「寿命じゃなかったってことね」と微笑まれる。
そうなんだろうけれど、死からさえ拒絶されてしまったような孤独を思うのです、とは言えなかった。
 

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電車に乗り込んで来たカップルが何の言葉もアイコンタクトもなく、
ただ自然に同じタイミングでぱっと手をつなぐ。
なんて美しい魔法だろうと感心してため息が漏れた。
 

わたしは魔法を探している。
音圧で耳を潰すのではないかというほど激しい音楽を聴き、
血がアルコールにかわるほど強いお酒を流し込み、
ピルをやめてまでタバコを欲しがる。
いくつかの誘いについてはその腕をすり抜けながら、
どこかにわたしから搾取しない魔法がないかとさまよう。
 

わたしが間違っているのならわたしをこの世から奪ってくださいと
たぶん、全身から漏れ出る祈りを携えて、
ビートにまかせて肩を揺らし、腰でベースをとらえながら踊り続ける。
 

こんにちはのない世界には、さよならを言う相手はいない。
ダンスが続く。
 
 

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