完璧な密室

 
影のないひとだった。
 

すらりと伸びた手足、笑うたび盛り上がる弾力のある頬、
真夏の太陽に映えるオレンジの髪、
それをすっきりひとつに束ねる花柄のシュシュ。
ときにおちゃめな勘違いや失敗をしてはぺろりと舌を出して笑うさまも
周囲にちょっかいをかけられて笑いを誘うキャラクターも
ほころびのない健康体を演出しては皆をほっとさせ、
喜ばせ、そして彼女自身を愛させた。
 

夏だからね。
ひんやりしたお酒を飲みにでも行きましょうか。
スイカのカクテルなんて素敵なのを見かけたから、
だからそれ、あなたと飲みたいなって。
 

シンデレラの魔法が解けるときを時計の針が指し示す頃、
彼女は短く切りそろえた爪でグラスをたたきながら薄く笑った。
グラスが立てる小さくて高い音は、
魔法が解ける合図のようで、悲鳴のようでもあった。
 

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あなたにだけよ。
あなたにだけお話してあげる。
 

わたしには三つ下の妹がいてね、
子供のころからかわいくて、それはそれは自慢の妹だった。
末っ子だし甘やかされて育って
なのにというかだからというか、愛らしく素直な子に育ったの。
 

すくすくと傷ひとつなく美しく育っていくその子を見ててね、
ある試みを思いついたの。
簡単なものよ。
夜寝る前に耳元で「おまえは本当は愛されてないのよ」って
ささやくだけの。
ママは昼に微笑んでお前の頭を撫でたけど、
あれはポーズよ。
愛しているふりをしなくては、親として世間様に恥ずかしいから
そうしただけのこと。
パパは帰ってくるなりお前を肩車したけれど、
騙されちゃだめよ。
お前は気付かなかったかもしれないけれど、パパの拳が嫌悪のために
震えているのをわたしは見たわ。
 

ふたりはお前を愛せないことに
とても罪を感じているの。
だから、お前が真実を知っていることは秘密にしなさい。
大丈夫よ、不安な顔しないで。
わたしだけは心底、お前を愛しているからね。
 

ときにはおやつの時間に。
ときには陽のあたる公園で。
ときにはあの子が逃げ込んだ押し入れの扉越しに。
ときにはときにはかくれんぼをした森で、
あの子がうまく隠れたつもりでいるところを後ろから。
わたしはね、決してそのルーティンをさぼることはなかったわ。
真面目なの。
両親も、わたしのそこだけは褒めてくれたのよ。
 

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長い習慣になったわ。
それでも、あの子が両親に泣きつくことなどないと
わたしは知っていた。
秘密になさいと、たしかに言いつけたけれどそんなことよりね、
幼いあの子のプライドがそれを許さないことを知っていたから。
だってあの子ったら、
愛されないのは恥ずかしいことだと思っていたんだもの。
あの子わたしに言ったのよ。
お姉ちゃんはパパとママにわたしほど好かれてないのに、
どうして笑えるの?って。
丸い瞳をして、首を傾げて、不思議そうに。
 

幼くてかわいかったあの子ももう立派な大人。
いまではわたしにそっくりよ。
あのね。
わたしにそっくりなの。
 

グラスの底に溜まったスイカの搾りカス。
カウンターの中の小さな調理場には
切り立てのスイカがそっと並べられて、
赤くて水っぽい果肉に皮膚病を思わせる種が点々と。
バーテンがナイフをそっと水で流す頃、
彼女は小さく吹き出す。
 

ねえ。
冗談よ。
そんなに怖い顔をしないで。
ただの作り話よ。だってあなた、いつも職場で難しい顔をしているんだもの、
たまには息抜きが必要だと思ったのよ。
夏だから、ほら、怖い話でもどうかなって思って。
ドッキリみたいなのどうかなって。
ねえ、騙された?ほんとの話だと思った?
作り話だけどせっかくあなたにだけ聞かせたんだから、
誰かに話したりしないでね。
約束よ。
あなたならきっと、話したりしないでしょう?
わたしそういうの分かるのよ。
だって、事実妹は誰にも打ち明けたりしなかったもの——
いえ、作り話だったわね。
ただ、わたしには分かるのよ。
 

影のない微笑みだった。
影そのものには影などできようもなく、だから彼女は白い影。
オレンジの髪に天使の輪をつくってきらめきを擬態し、
光によく似た
 

影。
 

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