For you I’d bleed myself dry.

 
「あなたはひとりじゃないなんて台詞、笑ってやろうと思って」
 

そうとでも言いたげな彼女は
コーヒーにざくざくと砂糖を放る。
スコップで掻いた雪を暗い穴に葬り捨てるように
憂鬱な力仕事をこなす表情で。
 

少しだけ乾燥した唇にはさっき食べたクッキーの粉がついていて、
それを見ながらわたしは自分の下唇をそっと舐めた。
 

まだ「それ」を知らない彼女だけど、
それが何なのか知る由もないまま自然にそれを手に入れることになる。
けれどその偉大さを信じることができず、
何度も引っ掻いては試し、
たくさんの傷を付けたところでようやく
「信じてもいいのかも」と安堵する。
 

けれど哀しいかな、
未熟かつこれまで経験と環境に恵まれなかった彼女は、
「それ」を信頼することとその上にあぐらをかくことの違いを知らないせいでそれを失うことになる。
彼女はその変質を止められない。
きっと残念ながら。
 

「それ」が去るとき、
彼女はそれが「惜しみなく奪う」と評されることに
深く頷かなくてはならない。
ふいに何気なく、何のお供も連れずに訪れただけのくせに、
それは彼女のなかに住んだ間のすべてを連れて飛び立っていくから。
 

「何を考えてるの?」と彼女が聞くから、
「たったいま、10年の旅をしてきたの」と答える。
 

あなたのことは分からない、というふうに肩をすくめる彼女は
ふくよかな頬を膨らませて言う。
 

「結婚式に出るの初めて。
泣かないようにちゃんとお祝いするね」
 

IMG_3195
 

「披露宴のホールの横には待合室があって、
あなたたちは式が始まるまでそこで待機することになるわ。
そこではコーヒーじゃなく、ハーブティーを飲むといいわよ。
美しく透き通った黄色の、光を集めたみたいな色のにしたらいいわ」
 

彼女は適当に「うん」と返事をし、
わたしも「うん」と頷いて、
窓の外、遥か遠くに瞬く星の色を確かめた。
 

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