避けがたい普遍

 
そのとき住んでいた家は、鬱蒼とした森のふもと。
ちょっとしたお屋敷くらいに広くても
暗くじめじめして押し入れの中はカビだらけ、
リノリウムのような不思議な歩き心地の床はオレンジベースの花柄で、
歩くたび、足の裏にキスでもするようにぺたりと張り付いた。
 

晴れた日には隣の学童保育所が持っている空き地へ。
保育所の開始時間は夕刻からだから、
それまでそこはわたしたちが好きに遊べる楽園だった。
 

イギリス・フランス旅行 249
 

若くてきれいなおかあさんは保育所の壁を背に
白い薄手のニットを着て末の弟を抱き、
そう高くないコンクリートの壁に腰掛けている。
上の弟はバッタをつかまえようとぴょんぴょん跳ねている。
 

わたしはバケツに砂をつめてひっくりかえして
お母さんの真横でケーキを作る。
それをきれいにデコレーションしようと、
タンポポやシロツメクサを摘んでいる。
 

両手にいっぱい摘み終わったらお母さんのもとへ戻り、
ふたりで一緒にケーキを飾る。
かわいそうな気はするけれど首だけを捥ぐように
花をちぎり、乗せていく。
 

太陽が焼く砂の香りと草花の汁が流す青い匂いが、
やわらかい風に乗ってわたしたちを包む。
言葉はそう重要でなく、
陽光が、風が、温度が、湿度が、香りが、あの頃の世界の手触りが、
安らぎと直につながっていた。
 

学童保育所が開く時間になったら、
わたしは怯えて家に逃げ帰る。
いつだって社会など求めたことはなかった。
わたしたちがつくったあの素敵なケーキは、
きっと保育所の悪ガキたちに蹴散らされてしまったのでしょうね。
 

イギリス・フランス旅行 260
 

 
自我のある二人以上の人間が存在する世界は、否応なく社会になる。
 

二歳くらいの頃、
トイカメラのようなやわらかな光量に包まれた部屋で
風が吹くたびに膨らみ揺れるカーテンを見つめ、
あなたと過ごす毎日は幸せだった。
あなたとわたしの体温は地続きで、
だけど少しずつ二人だけの世界から分離していってしまう焦りが
ちらついてもいたかもしれない。
社会が生まれていく。
わたしの哀しみは避けがたい普遍。
 

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